本草集註(比丘含注戒本・大智度論)
MS00540(MS00530・MS00529)




本草集註


比丘含注戒本


大智度論


●概要

巻子本 540
1巻 27.5×2022.2cm
写本 敦煌出土 8世紀

 明治41年(1908)、大谷光瑞師の命で中国西域・中央アジアを探した大谷探検隊が将来したもの。
 標記の『比丘含注戒本』を書くために、廃棄せられた『本草序録』の紙背を使い、それで書ききれなくて更に『大智度論』巻五十の紙背を継いで『戒本』を完成した。以上の内、本草書は「開元6年(718)9月11日尉遅盧鱗 於都写本草一巻 辰時写了記」との識語があり、陶弘景の『集註本草経』の古形を伝える写本として古くより注目せられ、羅振玉により影印本も出版せられた(『吉石庵叢書』初集所収、1914)。『戒本』を写すために、本書の開端第一紙、すなわち巻子の外側にあたる部分は、その時に傷みが甚だしかったらしく一葉の大部分が切り捨てられたが、以下は巻末まで79行を存する。用紙は唐の官庁文書に使われる良質の楮紙で、毎紙27.5×40cm、ヘラで押目罫をひき(毎紙18行)毎行本文14字詰頻繁に双行注を加える。毎行14字というのは加注本の場合、通例である。
 一巻の内、第3〜6紙(本草で言えば38〜41紙)の四葉は異質の紙が使われる。『本草集註』を一旦書き終った後に、訂正を要することがあったらしく、第37紙の大部分を切り取って4紙を補入したものの如くである。この部分も同筆であるが字詰が異なり、他の部分より紙の質が落ちる。


●分析結果 1

古代(世界史的には中世)中国紙を代表する2つの紙が使われている。

< 1 > 麻紙


(a)    (b)

 大谷コレクションの「本草集註」は、古文書としては李柏文書にも劣らぬ貴重な資料である。比丘含注戒本と大智度論とが、もともとの本草学の書物の裏面に記されているが、4種類の明らかに異なる紙が使われている。ここに示すものは、原表紙(a)の麻紙、補修に用いられた麻紙(b)である。



< 2 > 楮紙

(c)    (d)

 本草集註本文用紙、典型的な楮紙の繊維が見出される(c) 。同大智度論部本文用紙(d)。従来の研究では、典型的な唐代の麻紙とされているが、(a),(b)と比較すると明らかに異質の紙である。麻紙はこの様な太さの揃った繊維からできていない。(d)はおそらく、よく表面処理された楮紙と思われる。


●分析結果 2

見えないところを見る ー 透過光による撮影 ー
「本草集注」の一部には補修があり、文字が見えなくなっている部分があり、その部分を透過光によって撮影することで内側の文字を調べた。

補修紙の張られている部分

補修紙の内側に書いてある文(中国道教経典の一節)
仙公告曰
(我所受上清三洞太真道經吾去)
世之日一通付名山洞台一道付弟子一通
付吾家門子弟世世錄傳至人若但務吾經
馳騁世業則不堪任錄傳可悉付名山五岳
不可輕傳非其人也有其人者宜傳之勿閉
天道也

補修紙で隠れている文
得髪良 悪 五茄遠志為之使
麦門冬       畏_皮玄
得酒良  雷丸茘實厚朴
畏鶏子     使心葛根
之使 悪 _蘆連為
肌       芍薬五參
赭為之 良 白及紫石
反鳥頭       石李核人
良    淫羊霍署預 □
為之使
□石為  盡草畏鼠 夏枯草
之使      婦
蘆  龍骨得人參牛黄
之使   良 畏石膏
為之使 悪龍骨地黄
□廉 畏牛膝
白膠得火良
畏大黄


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